――初演はどんな演出だったんですか?
土井:風景劇というか、トルコの海岸で西と東の失業したスパイが出会って、これからどうしようって話をしているっていう。そんなにきちっとしたセットじゃなかったけど、砂浜があってパラソルと白い椅子とテーブルがあって、レストランって設定で。途中でせりふのないウエイトレス役の子が一瞬通り過ぎるんだけど、基本的には龍さんとずっと対座してしゃべり続けてるっていう芝居。
龍:稽古で最初、寝転がってせりふを言ったよね?
土井:ああ、あれは(初演の演出を手掛けた)大橋(宏)のメソッドなんだろ? でも芝居づくりにかんしてはほとんど台本どおりにやった感じだよね。
柴:初演の台本をこの間読み直したら、もっと理屈っぽく書いてあるんです。3行くらいの長ぜりふもあるし、もっとお互いに意見をぶつけ合ってて、ディスカッションのような。お客さんの反応はどうだったんですか?
土井:結構好評でしたよ。いわゆる“面白い劇”として受け止められた。まだそんなに平田オリザが知られている時期じゃなかったけど。
柴:へえー。
――今回は実際にスープをつくりながら対話する、という演出ですね。
土井:うん、それは柴さんの若いセンスにお頼りして。
龍:せりふがもうちょっと入ればどうにかなると思うんだけど、まだほかの作業をするとせりふが途切れちゃいますよね(笑)。でもスープをつくるってことに関しては非常に面白いなと思います。
土井:年齢的には柴さんは僕にとっては孫みたいなものですから、もちろんいろいろ違うんだろうけど、それも面白がれるというか。まあ恋愛と同じでね、いろんな誤解も含めて向かい合ってる感じかな(笑)。
柴:ただしゃべるだけになるのが僕は好きではないので、何か別の作業をしながらせりふを言う状態が続くといいなと思ってて。あと、俳優自身の許容量ぎりぎりまでもっていけるといいなという想いがあるんです。今回だったらスープをつくる作業をやって、その人が気を張ってる状態になるのがやりたい。で、最初のころに「何かしながらせりふを言うのはどうでしょう? スープを作るとか……」ってお二人に相談して。
土井:柴さんてさ、もっとこだわる人かと思ったらすごい自由っていうか、無責任っていうかさ(笑)、すごくいいと思うの。あなたはとにかく全て試してみるし、面白きゃそれでいいじゃないかっていう、そのニュートラルな居方が魅力だと思うんだよね。
土井:俺たちもあなたのことをよく知らなかったけど、少しずつこういう人なんだなって分かってきて、少なくとも今、ひとつの方向性が見えてきたって感じかな。俺はそれをとても素敵なことだと思ってるんだけど、龍さんはどうかな?
龍:僕も楽しいなって。わくわくします、面白いことができるんじゃないかなって。
土井:そう、そこまできてるよね。ただ残念なことにある程度長く生きてきたから、記憶力ってものが衰えてきて、何かを覚えるって作業が退化しちゃって。だからせりふを覚えるのが20年前に比べるとだいぶ大変ですよ。そこは柴さんに分かってもらいたい、そういう自然性のものは。
柴:大変なんだなと思いました。記憶力と闘ってる姿はすごく尊敬します。でもお二人を観てて、僕が普段付き合ってる役者たちは、せりふを覚えてから理想とするところまでの距離が長いけど、土井さんと龍さんは自分のものにしちゃったら、それがすぐ自分のせりふになるから、かかる時間はある程度同じなんだなと思います。それと今回、自分がお二人と同じ年になった時に、果たしてどこまでできるのか、また僕の同年代の俳優たちがどう闘っていくのか、いや果たして演劇をやってるかどうかも分からないな……と考えるきっかけになりました。
土井通肇:1937年生まれ。早稲田小劇場(現SCOT)の設立に参加。1986年元祖演劇乃素いき座創立。「日本語の中に内在する美意識
の検証と復権。
対話劇の再生と現代劇のリアリズムの探求」などをテーマに活動。1991年から平田オリザ作の「阿房列車」を上演し、今年19年目を迎えた。
龍昇:1952年生まれ。演劇団(現・流山児★事務所)に在団後、1985年龍昇企画設立。俳優兼プロジューサーとして活動。2005年から
「漱石プロ
ジェクト」として夏目漱石作品を舞台化。平田オリザ作品は、1999年「夫婦善哉」を上演、2007年「となりにいても一人」(帯広劇研)に出演した。
柴幸男:1982年生まれ。劇作家・演出家・ままごと主宰。青年団演出部所属。第2回仙台劇のまち戯曲賞を受賞。何気ない日常の機微を丁寧にすくいとる戯曲と、ループやサンプリングなど演劇外の発想を持ち込んだ演出が特徴。




