10月下旬の某日。『チャイニーズスープ』の稽古が行なわれているアトリエ春風舎を訪れた。大きな鍋を中央に置き、コック服姿の土井通肇と龍昇が庖丁片手に向かい合う。トントントントン野菜を切りながら、ぼそぼそっと交わす会話は、年金のことだったり、女のことだったり……。稽古後、お茶を飲みながら雑談していた3人に話を聞いた。
――改訂版の台本をお読みになって、いかがでしたか?
土井通肇(以下、土井):オリザさんの作品て必ず文体が独特だからね、黙読するのは簡単なんだけど、自分の身体でしゃべるっていうのがすごく難しいんですよ。結局言葉ってその人の生理的なものの裏付けがあって生まれてくるでしょ? それがオリザさんと僕らでは違うから、そこらへんに立ち入るのがとても難しいなって感じです。僕も龍さんもオリザさんにオリジナルの作品を書いていただいてますけど、特に今度の作品は非常に独特の世界で、せりふなんかも短いし、基本的に何もない世界っていうのかな。だから言葉で何か生産的に発展していく作品じゃなくて、いくらしゃべってても何も発展しない。例えば『ゴドーを待ちながら』のように、ほかにすることがないから言葉を交換しているような、そんな感じの作品です。
柴幸男(以下、柴):初演の時から『ゴドー~』に似ているなっていう印象はあったんですか?
土井:うん、ただ、当時はもうちょっとリアルな背景があったというか。例えば1989年に東西の壁がなくなったという大きな社会背景があって、それは観客も知ってる大事件だから、そういう中で東西のスパイが失業したっていう、その事自体がひとつのファルスとして成立するわけじゃないですか。今はそこらへんが非常にメルヘンチックな世界になっちゃってて。だから初演の時は、作品自体にストーリーがなくても時代背景との関係でストーリーがあったからね。やりやすかったような気がするんだよね。
柴:そういう意味では、今回はもうちょっと不条理さが増しているように感じるかもしれませんね。龍さんはどうですか?
龍昇(以下、龍):最初はなかなか読めなくて、“うーん”と思ったんだけど(笑)、でも何回も読んでいくと非常に的確にというか、論理的に書かれていて、おかしいことがいっぱいあって、やっぱり面白いんだよね。土井さんも前に言われていたけれど、よく倒置語を使うじゃないですか。あの語順を間違えちゃうと、“え、何か変だ”ってなるんですよね。リズムがうまく取れないっていうのかな、ぎくしゃくしちゃう。無駄な言葉がないから、基本的にあの言葉通りに、どうやって反射神経として体得していくかっていうことが大変なんだけど。
――初演の思い出はありますか?
龍:そもそもこの作品は、僕がずっと一緒にやってる犬井(邦益)が台本を書くってことだったんだけど、彼が忙し過ぎて書けないというので急遽オリザ君にお願いすることになって。
柴:オリザさんが27、8歳のころですよね。今の僕と同じくらい。
龍:そうだったね。
柴:その時、土井さんはオリザさんのことを知ってました?
土井:知ってましたよ。僕、三鷹に住んでたから、「村の青年団」の存在は知ってた。
龍:へー、「村の青年団」って言われてたの?
土井:そう、国際基督教大学でやってたころは。そのあと駒場に移動してから青年団っていう気取った名前に変えちゃって。僕は今でも「村の青年団」だろうって思ってるんだけど(笑)。
柴:(笑)
土井:まあ作品の成立の思い出もあるけどさ、何しろ俺らも20年若かったら、もうちょっとエネルギッシュにやってて、こんなに苦労してせりふを入れた覚え、ないなあ。あ、でも一番覚えてるのは、舞台に3分間の空白をあけたってことだよ。
柴:え?
龍:せりふが飛んでさ。
土井:ふたりともじっと固まっちゃって。
龍:お客さんも困っちゃってさ。
土井:そのうちに思い出したのが2ページ前のせりふで、だからいっぺんやったところをもう一度やって(笑)。
柴:えー!? 今回どうしよう、そんなことになったら……(笑)。
土井通肇:1937年生まれ。早稲田小劇場(現SCOT)の設立に参加。1986年元祖演劇乃素いき座創立。「日本語の中に内在する美意識
の検証と復権。
対話劇の再生と現代劇のリアリズムの探求」などをテーマに活動。1991年から平田オリザ作の「阿房列車」を上演し、今年19年目を迎えた。
龍昇:1952年生まれ。演劇団(現・流山児★事務所)に在団後、1985年龍昇企画設立。俳優兼プロジューサーとして活動。2005年から
「漱石プロ
ジェクト」として夏目漱石作品を舞台化。平田オリザ作品は、1999年「夫婦善哉」を上演、2007年「となりにいても一人」(帯広劇研)に出演した。
柴幸男:1982年生まれ。劇作家・演出家・ままごと主宰。青年団演出部所属。第2回仙台劇のまち戯曲賞を受賞。何気ない日常の機微を丁寧にすくいとる戯曲と、ループやサンプリングなど演劇外の発想を持ち込んだ演出が特徴。

